2016年12月31日

進化

もう1年も終わりですね。

九九五式にとって今年は着実な進化の年でした。

昨年に引き続き年に数回の定例ライブを敢行しながら,新たにバラード系の大曲にチャレンジ。結果は全く出ませんでしたが(笑)コンテストにも積極的にエントリーしましたし,秋には老舗ライブハウスのブランニューさんにも出させていただきました。


さあ,来年はどういう方向に進化するのか?

ということで我々三人,年末ギリギリにまたスタジオ入りしてきました。


来年もクリムゾンの定番曲はやるよな。でも他にも何か意外性のあるカバー曲もやりたいよな。

それにやっぱオリジナルでしょ。3人とも曲を書けるのにもっとオリジナルしなきゃ。っつーか3人共作で曲を書かんかい?

...などなど,いつものスタジオでいろいろ音を出しながら来年の方向性を探ります。ホワイトボードにもコードとかTAB譜とか,いろいろ書き込みが(笑)。

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そしてスタジオ終了後は,関東から出張参加のメタル系Voお姉さまと合流して,今年最後の飲み会が(また飲むんかい)。

みんな翌日には年賀状書かないと,とか,大掃除しないと,とかあったため,今回はさすがに一升瓶がゴロゴロするようなことにはなりませんでしたが,二次会のカラオケでシャンパン持って踊り出すヤツ,帰り道でおもむろにシンバルたたき出すヤツ,いろんなヤツが出てくる始末(同一人物ですが --笑--)。

いつもの如く大盛り上がりで一年を締めました。

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さあ我々三人,来年はさらなる飛躍の年になりますように!

そしてみなさまにとっても素晴らしい一年になりますように!





さあ,年賀状書こ(まだ書いてるんかい!)。

posted by YASU-Q at 20:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年12月25日

音楽は自由だ

昔々,YASU-Qが幼稚園児だった頃。

ちょっと変わった子だったんでしょうね。子供用クラシック曲集のレコードを何時間も飽かず聴いている姿を見て,親が「この子には音楽の才能があるに違いない」と勘違いして,某音楽教室に通うことになりました。

ピアノ,ピアノ,僕もあの大っきいピアノ買ってもらえる!

近所の家にはピアノを習ってるお姉さんとかいましたし,ショパンとかシューマンとか既によく聴いてましたから,ピアノには憧れがありました。

音楽教室に通う=ピアノを買ってもらえる,そう思って,子供心にもワクワクしたことを覚えています。


しかし,しばらく経って我が家にやって来た楽器はピアノではなく「電子オルガン」でした。いや「電子オルガン」と呼んではいましたが,実際には学校の音楽室にある足踏みオルガンにモーターの送風機をつけただけの「電動式オルガン」というべきものでした。

時は昭和40年代。高度経済成長に取り残された貧乏公務員の家庭ではピアノを買うことは厳しかったのでしょう。あるいは,男の子だし,どうせ続かないからもったいない,そう判断されたのかもしれません。


この電子オルガン,いや電動式オルガン。

今考えても,音楽的に奏でることは非常に難しい楽器でした。

鍵盤を強く叩こうが弱く撫でようが出てくる音は全く同じ音。音色も変わらなければ,音量すら変わりません。音の立ち上がりも減衰も常に一定。

じゃあ音の強弱はどうやってつけるのかと言うと,膝のところに金属のレバーが突き出ており,これを膝で横にぐいっと動かすと風量が上がって音が大きくなる,そういう仕組みになっていました。

ただこの「膝を横に動かす」という動作がなかなか音の強弱と結びつかず,「そこでクレッシェンド! もっと大きく!」とか言われても,え,何,膝動かすの?みたいな感じでうまく行かない。まだ音楽室の足踏みオルガンの方が,足の動作が音に直結してて強弱つけやすかった。

期待してたピアノではなく,このチープで難しい電動式オルガン。
弾かされるのも退屈な練習曲ばかり。

も,そのガッカリ感たるや半端ない(笑)。


しかも,強弱だけじゃなくって,テンポがどうの,指使いがどうの,姿勢がどうの,練習時間がどうの,母親がうるさいうるさい。

たまに勝手に音を拾って「火の鳥」の終曲のホルンのパート弾いたり,歌謡曲のメロディー弾いたりすると「習ってないもの弾くんじゃありません! そんなもの弾くんだったら早く練習曲弾きなさい!」って怒られる。

弾きやすいように自分で指使いを変えたり,「この音とこの音と一緒の音よね」ってオクターブを変えて弾いたりすると,「ヘンな指使いが身についたらどうするの! それに何でそんな間違った音を弾くの!」って怒られる。

練習曲のドミソの和音にちょっと違う音を入れると面白い。シとドの音を一緒にぐぎゃーって弾いて音がウニウニ揺れるのも面白い。でもそんなことをしたら母親もっと激怒(笑)。

つまらない。楽しくない。

音楽ってこんなモノだったの? いつもレコードで聴く綺麗な曲,楽しい曲,明るい曲,悲しい曲,おどろおどろしい曲,泣ける曲...ああいうのがオンガクじゃなかったの? 自分で好きな曲の音を拾って弾いたらダメなの? 練習曲の音をちょっと変えて自由に弾いたらダメなの?

ダメ。ダメ。あれもダメ。これもダメ。


それでもそのつまらないオルガンを3-4年も続けてたのは,がんばればいつかピアノを買ってもらえると思ったからか,単に親に逆らえなかっただけか(笑)。

でもはっきり覚えているのは最終的に音楽教室を止めた時の大きな開放感。

ああ,もう母親にごちゃごちゃ言われながらこのクソ面白くない楽器でつまらない曲弾かなくってもいいんだ。近所の悪ガキに冷やかされながら楽譜の入ったカバン持ってレッスンに行かなくてもいいんだ。


そしてこの開放感は,大学の学生オーケストラを止めた時や,前にこのblogに書いたような経緯でベースを一時期止めた時にも味わいました。また,いくつかのバンドを抜けたり解散した時にも感じました。

上手くなりたくないの? 良い演奏をしたいんじゃないの? 良い曲を作りたいんじゃないの?

そんな甘言でもって誰かにあれこれ「指導」されながら,「ダメ出し」されながら弾く楽器。あれもダメ,これもダメと言われながらやる音楽。

いいんだよ,もう,そんなモン。音楽に良いも悪いもない。

上手い下手はあるかもしれないけど,でも,音楽は自由なんだ!

音楽は自由なんだ!


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そんな昔話を持ち出したのは,最近自分の中でも「音楽の自由さ」についていろいろ考えるところがあるからなんですよ。

曲を書く,アレンジする,デモを作る。

本来は全く自由な作業のはず。曲を書くのに正しい作曲とか間違った作曲なんてない。正しいアレンジも,間違ったアレンジもない。自由にやればいい。

しかもこれだけ音楽が溢れかえったこの世の中にわざわざ新しくまた1曲生み出すわけだから,なるべく「自分の」音楽を作りたい。在り来たりのものではなく,自分の個性の生きた「ああYASU-Qの曲だ」という音楽にしたい。


しかしそれをやり過ぎると,ケッタイな音楽になってしまう(笑)。あまりにフリーダム過ぎて,誰が聴いても「ヘンな曲!」ってなっちゃう。

まあ100人が聴いて1人でも「いや,でもこの曲結構好き」とか言ってくれたら,それはそれでアリなのかもしれない。でもやっぱり100人に1人は寂しい(笑)。

と思って「定番」とか「定石」とか「お約束」とかカジってみたり,他人に意見を聞いてみたりするけど,それもやり過ぎるとどんどん「自分じゃない」音楽になってしまう。第一,自分で聴いててもそんなのつまらない。

どこまでも自由を貫くのか。どこかで不自由にすり寄って妥協するのか。


音楽をやっていく場所についてもそう。

九九五式の活動はとても楽しいけど,自分一人でやってるわけじゃないし,自分のやりたい音楽を全部できるわけでもない。それはどこのバンドに行っても同じこと。

自分がやりたいことを自由に貫こうと思うと結局は「一人でやれよ」ってなってくる(笑)。まあ九九五式はライフワークとして何があっても続けて行くとしてもね。


そんなこんなぼーっと考えてる時に,高校生の娘がクルマの中でかけてたCDが耳に突き刺さってきました。

それは米津玄師の"Bremen"。

そんなメジャーな人をお前は聴いてなかったんかい,と言われそうですが,いや恥ずかしながら,気になりながらもこれまでよく聴いてなかった(笑)。


いや,すごい。本当にすごい。

曲といい詞といいアレンジといい,全てがプログレ好きの爺さんのハートに突き刺さってくる。音楽センスの塊...そんな言葉が本当にぴったり。

目がハートになって彼の過去のアルバムを漁ってみてさらにぶっ飛んだ。

自由だ。

音楽は自由なんだ。

これまで聴いたことのないような自由な音の洪水で,そしてその美しさや切なさや楽しさや悲しさや皮肉っぽさや面白さやその他諸々の感情で頭が壊れそうになった。いや,壊れてしまった(笑)。


特にお気に入りは1stの"diorama"に入っているこの曲。


サビ手前のBメロのバックでうにゃうにゃともつれ合うように鳴っているギターの音なんて一歩間違えば不協和音そのものなのに,こんなに切なくてこんなに美しい。胸が締め付けられるような苦しさを感じさせるほど。

このゴヤのエッチングを思わせるようなタッチの動画ももちろん彼自身の手によるもの。

天才。

ヘタなノーベル賞科学者なんかよりよっぽどその言葉に相応しい。


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もちろんYASU-Qにこんな才能は欠片もありませんが,

「音楽は自由だ」

それを改めて彼に教えられました。来たるべき2017年,そしてもっと先に向かって,自分のやるべきことが見えてきた感じがします。

音楽は自由だ。

誰かに強いられるものじゃない。

音楽は自由だ!


posted by YASU-Q at 21:19| Comment(2) | TrackBack(0) | CDインプレ

2016年12月11日

痛飲

先日,またオッサン3人でスタジオ入りしました。

3人で音を出すというのも,10月下旬のライブから1ヶ月半ぐらい間が開いたので,結構な久々感があります。

とりあえず定番のレパートリーを軽く復習いますが,何かあんまり調子が出ない。いつもより広いスタジオで音が散り気味だったのもあって,まとまり感が今一つ。

それでも,お蔵入りしかけてたYASU-Qのオリジナル曲をボチボチやってみたり,YASU-Qがピアノの前に座っていつもと違う編成で"Fallen Angel"をやってみたり,いろいろやってるうちに何となくいつもの感じになってきて,気が付いたらもう3時間経ってました。


スタジオから出てきたらもう夜。

3人で晩飯を食って,気が付いたら酒盛り(笑)。いや,年末にもう1回ちゃんと忘年会をやる予定はあるんですけどね。

バンドの今後の方針を語り,昨今の世界情勢を語り,人生を語り,夢を語り,いろいろ語ってるうちに気付いたらもう焼酎の一升瓶がほとんど空になってる!

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オッサンら,どんだけ飲むねん。
痛飲で通院になるで(しょーもな)。

終電に遅れそうになって3人で走ったりして,本当に「何やってんだか」という感じですが,このオッサン達はそれが通常営業。

こうして師走の夜は更けていくのでした。


posted by YASU-Q at 23:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記